ありここコラム #15  ~ 倉知 宏美 さん ~ 未公開

人生の半分は旅

A--CM sahoro 07-08 winter pre village the end of Nov 015コラム5回目の紋子さんと一緒に、山で会ったのがひろみちゃんとの出会い。

笑顔一杯のひろみちゃんは、「積極性」「前向き」代表。
障害児ボランティアなどの活動にも、手作りのご馳走を持って来ては、気づけばいつも、必要な人にさらりと寄り添っている。 自分よりも人に尽くす。こんなにいい子がいるんだなあ、と感心させられたものだ。

私たちは数年を北海道で過ごした後、お互い飛び回っていたけれど、2・3年毎にいつも違う場所で会い、刺激を与え合い、友情は深くなっている。

今回は、初の妊婦からの入稿。
私の心配をよそに、彼女は刺激が必要ですからどんどん進めましょうと笑った。

どこにいても前向きに吸収して進化する姿勢、尊敬できる友人がいることに感謝☆

(入稿後、2015年12月に無事第二子出産。おめでとう)

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名前 : 倉知 宏美(くらち ひろみ)
年齢 : 38歳 
国籍 : 日本
職業 : 主婦 (←職業なのかしら???)

Q1. 現在の生活に至るまでの経緯

 大学卒業後、管理栄養士として北海道の介護老人福祉施設で働きました。高齢の方がどんどん弱る姿や亡くなる状況に当時まだ人生経験の浅い私は精神的に疲弊し、自分の無力さを悩む日々でした。もともと北海道の田舎出身、自分の生きる世界の狭さにもいつも疑問符を持っていました。今考えると若さゆえかもしれません。
何をして良いのか、自分が何をしたいのかも具体的に見つける事が出来ず3年。年初めのお正月メニューが気になり上司に頼みこみ、休みを出勤させてもらい仕事に励んでいました。終業後に雪の中を独り暗い神社にお参りに行った時、急に「私は何をやっているんだ??? 今年こそ一歩踏み出そう!! そうだ!! そのために動き出そう!!」と思いました。帰宅後すぐに、自分でもよくわからない何かを探したくて、かつてTVで見て気になっていた「Au Pair」のサイトを見つけました。

 「Au Pair」とはホストファミリーの家に住み込みで働くベビーシッター制度で、アメリカではヨーロッパの若い女性が低価格でアメリカを体験する機会として長い歴史があります。
 すぐに日本のエージェントに資料請求をし、年齢制限ギリギリ(26歳まで、当時25歳)な旨を伝えました。すると、数日後に3週間後に札幌で試験をするから(原則、東京)試しに受けてみないか?との連絡が。自分の英語力に全然自信がなかったのですが、きっと人生の追い風が吹いていたのでしょう。さっそく受験、本当にギリギリの点数の「仮合格」で、何とか切符を手に入れました。

 なぜ、Au Pairだったのか?それは、老人のそばで働くことの反動からか「子ども」にかかわる仕事を欲していたこと、また、どこか自分を知らない人だけの遠いところで自分自身を見つめたかったのだと後に気付きました。
 仕事の合間に保育実習に行き、英語の勉強も続け、何とか正式合格し同年の11月にアメリカ、ノースカロライナ州へ旅立ちました。
 
OLYMPUS DIGITAL CAMERAホストファミリーは3人の子ども(当時1歳半、4歳、7歳)がいる家庭。ホストマザーが日系人で日本語が堪能だったので、仕事にかかわる事は日本語できちんと理解するようにし、ストレスフリーで自分に優しく過ごす事を目標にしました。

 人種の坩堝アメリカにおいて多くのカルチャーショックを受け、自分の価値観も見直され、人生観そのものが変わる時間となりました。多くの友人にも恵まれ、旅好きのホストファミリーと沢山旅をし、狭かった自分の世界観は一気に広がりました。一般家庭の一員として自分の役割を持って生活した事は、今考えても本当に良い経験となり、今後の人生にも活きる事を確信しています。

また、ESLスタッフの友人の紹介で難民としてアメリカに来た同年代の子と知り合い、難民シェルターで英語を教える手伝いをするなど、それまでの自分では全く知りえなかった難民の現状を少しだけ肌で感じる事もありました。
 ホストファミリーとの関係も良好で、Au Pairを続け、学校への進学などの道も勧められましたが、自分の年齢、本当にアメリカで生きたいのかという疑問等から18カ月の滞在の後に帰国しました。
 ホストファミリーは今でも私の第二の家族であり、帰国後も北海道に遊びに来てくれ、結婚式には家族全員で出席までしてもらい、血のつながりとはまた異なる大切な関係を感じています。この経験から、私は以前以上に「人との出会い」「一期一会」をより大切にするようになった気がします。

 帰国後は自分でも驚くほどアメリカナイズされていた事を自覚し、逆カルチャーショックの連続でした。英語がペラペラになっていたわけではないのですが、子どもにかかわる時には日本語より英語で話す方が楽になっていました。

CM sahoro 07-08 winter pre village 017日本社会で働く自信を喪失し、北海道の十勝にあるリゾートホテルのウエイトレスのアルバイトに応募、英語が日常的に使われる環境の中で少しずつ日本での生活を取り戻そう・・・と考えました。

 このアルバイト先がフランス系リゾートホテル会社のClub Medでした。世界中に展開されるホテルカンパニーであり、スタッフも約7割が外国人、英語とフランス語が主に話される本当に国際的な会社。アルバイトとはいえ英語が必要とされ、私は水を得た魚のように伸び伸びと日々の仕事を楽しみ、少しずつ日本人的感覚も取り戻し始めました。

 そんな中、契約社員として働く事を勧められ、子どもクラスのスキーインストラクターになりました(資格取得済み)。お客様は時期によっては約8割が外国人、日本語も日本人も少数派、日本に居ながら再び海外生活のような状況になりました。

CIMG0073 冬はスキーのインストラクター、夏は他部門のスタッフとして約4年この会社で働きました。さまざまな国から来た優秀な上司や同僚に恵まれ、忙しいながらも充実の毎日でした。2年目からは外国人スキーインストラクター向けに開催する「短期日本語レッスン」「基礎的接客トレーニング」講師の機会をもらい、自分自身の伸びを増やす機会も多く与えられました。
 
まだまだこの会社で楽しく働きたく思いましたが、札幌近郊のスキー場に転職しました。顎の骨を切る歯科矯正という、数年に及ぶ治療を始めることにしたからです。たかが「歯」ですが、やはり体のどこかに不調があるとどこかで立ち止まらなくてはならなくなる事を自覚させられた出来事でした。

さらに治療のため定期的な受診と安定した収入を得る事が必要になり、再び管理栄養士として働き始めました。数年来ぶりの栄養士としての仕事には多くの戸惑いや経験不足などありましたが、時間とともに解消され忙しくもやりがいを感じながら勤務しました。

顎の手術が一段落した治療3年目に結婚退職し、夫の住む大阪へ移住。専業主婦となり、第一子の娘にも恵まれ現在に至ります。

Q2、日々の暮らしについて

現在は大阪で夫と2歳になる娘との3人でのささやかな日々を楽しんでいます。

DSC_1846絵に描いたような専業主婦の毎日で、朝起きて夫を送り出し、娘が起きるまでの一時間ほどが唯一の自分の時間で、新聞をゆっくり読んだり友人にメールをしたりして過ごし、娘が起きてから朝食、掃除、洗濯、買い物、娘を遊びに連れ出す・・・等などであっという間に夕方になり、夕食後の片づけをする事にはもうクタクタに疲れていて21時頃に娘を寝かしつけると同時に自分も寝てしまう・・・という状況です。

現在第二子を妊娠中なので、出産後もさらに2年ほどは同じような状況が続くのかな・・・と。独身時代に憧れた「結婚~子育ての日々」ですが、誰もが言う「自分の時間」が少ない事に葛藤しつつ、それもまた幸せなのかしら???と毎日を送っています。

数ヶ月前から「自分の時間」作りのため月二回のプライベート英会話レッスンと月一回の英字新聞購読講座に参加し始めました。英会話レッスンは子ども連れでのレッスンを認めてもらい、時々娘に邪魔されながらもスローペースで楽しんでいます。英字新聞講座の日は夫に半日ほど娘を預けて出かけ、リフレッシュするようにしています。

アメリカでのAu Pair経験やClub Medでの外国人の子どものお世話経験のおかげでそれほど子育てに「こうしなくては!」と頑固になることなく過ごせてはいますが、それでも子どもを取り巻く環境、子育て環境についてはまだまだ厳しい状況が多い事を実際に産んでから肌で感じています。
日本の女性がもっともっと子どもをたくさん産み育てられる環境が整うと良いな・・・と感じる日々です。

Q3,将来のプロジェクト

2020年の東京パラリンピックを家族で見に行くことが現在の一番大きなプロジェクトの一つです。オリンピックももちろん生で見たら素晴らしいと思うのですが、パラリンピックこそ自分たちが想像していない人間の持つ力をより見せつけられるような、既成概念を壊されるような衝撃と感動を与えてもらえるような気がしてなりません。
 
もう少し先の将来は、いつか再び社会で働き、その自分の働きが社会の役にたてるような何かが出来れば良いな・・・と漠然と考えています。自分が今まで人生で経験してきた「食」「子ども」「英語」をどこかで繋げてそれが社会に生きる仕事になれば良いのですが、まだまだ経験不足、実力不足なので、少しずつでも復習してより知識を蓄積して、いつかそれらを生かせる機会を見つけたいと思います。

そして、最終的には私が大黒柱的に働くことです。海外赴任の家族とともに外国で暮らすという夫のささやかな夢も同時に叶える事が出来るように、私は再び国際的にしっかり働けるようになりたいです。(夢物語のようですが・・・)

Q4,愛読書、映画、音楽

愛読書:
パール・バック 「大地」
辺見 庸 「もの食う人々」
茨木のりこ「おんなの言葉」
長田 弘 「長田弘 詩集」
Shel Silverstein「the Giving Tree」

読書家ではないので、読んだ本自体がとても少ないのですが、顎の治療で入院した時、「大地」をひたすら読みました。壮大なストーリーは未だに心に残っています。
「もの食う人々」は栄養士として「食」に向き合っていた頃に手に取った一冊、広い世界を「食」という状況から見つめた印象深い、いまだに何度も読み返す本です。
「おんなの言葉」「長田弘詩集」ともに、時折手にとっては読む詩集。
Silversteinは他にも色々読みますが、「The Giving Tree」だけはどういうわけか日本語訳の方はなかなか自分自身が受け入れられず、英語の原文の方を好んで読みます。

映画:
タランティーノ作品全般 
色々見た時期もあったけど、すっかり映画を見なくなった最近でも見たいと思うのは大好きな「タランティーノ」作品です。

音楽:
音楽こそ特に好みが無く、最近はひたすら子どものCDを一緒に聞くのみ・・・
もっといろいろ聞いて幅を広げたいです。

2015 / / UP